最近見た映画の話:マイフレンドフォーエバー

めっきり寒くなってきましたね。

 

最近はコートだけじゃ寒さを凌げないんじゃあないかと思い始め、できる限り厚着をして出ていくようにしています。(あんまり厚いヒートテックなどを着ると室内で汗をかいてしまいますが・・・)

 

後はダウンですね。あれは素晴らしいものだ。見た目にあまり気を使わない人にとってはとても便利グッズです。

 

ダウンもオシャレな着方をすればとってもオシャレになりますけどね。

 

さて、今回はちょっと古い映画を見ました。

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『マイフレンドフォーエバー』です。

 

原題は『The Cure

 

 前々から評判は聞いていたので、ぜひ一度は見てみたいと思っていましたが、中々一歩踏み出せず・・・

 

自宅にあったDVDが埃をかぶっていました笑

 

 

 

 

ネタバレな話をしますまだご覧になっていない方、これからご覧になる方は見ない方がいいと思います。

 

 

あらすじ

 

育まれていく友情

 

エリックとデクスターと大人

 

大人って何だろう?

 

 

 

あらすじ

 

街に住むエリックは、休日は一日中テレビゲームをする孤独な少年だった。

彼は最近、家の裏に引っ越してきた少年デクスターが原因で、学校ではホモと呼ばれ、からかわれていた。

デクスターは輸血がきっかけでHIVに感染しており、彼もまた孤立していた。最初は警戒していたエリックだが、ふと話したことがきっかけで、二人は親友になる。

そんなある日、エリック達はスーパーのある雑誌広告を見つける。それはニューオーリンズにて、とある医者がHIVに関する特効薬を開発したというものだった。

エリックはデクスターと共にミシシッピ川を下り、治療薬を求めニューオーリンズに向かう旅に出るのだった。

 

 

育まれていく友情

 

少年、少女時代って何故かすぐに他人と仲良くなれましたよね。

皆さんはそういう経験ありませんか?

エリックとデクスターもすぐに打ち解け、いろんな遊びを始めます。

人形を燃やして戦争ごっこをしたり植物の枝に人形を首吊り死体のように括り付けたり・・・結構ハードでバイオレンスな遊びですね(笑)

カエルを捕まえて、どうする、火で炙る?と言ったりもしてます。

流石に火炙りはやらなかったな・・・

でもクラスにこういう過激な子、いましたよね(笑)

『生き物』に対する行為より『人型の物』に対する暴力的な行為の方がなぜか残虐的で危険に思えてしまうのはやはり僕が人間だからでしょう。

 

他にも彼らは川下りをしたり探検したり、年相応で懐かしい遊びをしてます。

ああ、こんな頃があったなぁ~・・・なんて、観た人は思うんじゃないでしょうか

 

そんな無邪気な二人を優しく見守るのがデクスターの母、リンダです。

デクスターがどんなに無茶なことをしていても最後まで怒りませんでした。

 

やんちゃなことをすると親って大抵どんな場合でも少しは怒るんですけどね(笑)

 

エリックの母、ゲイルは夜遅くにエリックが帰ってくるととんでもなく不機嫌そうにしてました。

子供との食事の時間は一応確保はしているものの新聞片手間に静かな食卓。

仕事で忙しいとはいえ、あまり良好なコミュニケーションが取れているとは言えませんね。

デクスターと遊んでいると知ったゲイルはHIVに感染したらどうするの!とエリックを叩きます。

 

こういったところで二人それぞれの家庭での違いがよく表されています。

 

エリックとデクスターと大人

 

この作品は大人と、大人になりかけている子供との対比であると思いました。

そう思ったシーンがいくつかあります。

まずエリックをいじめていた男の子3人に向かってエリックが放った言葉。

 

「お前の弟はどうだ?」

「どうって?」

「ジャングルジムから落ちて入院した、病気がうつってる」

「ばかいえ」

「もしうつってたら、お前の弟もホモと呼ばれる」

「それで病気になって死んでーーー墓石にはこう書かれるんだ。”ホモのエディー”」

「教えてやろうか?そういう奴を殴っていじめるバカがーーーおまえなんだよ!」

 

これに対して、男の子3人は罰が悪そうに去り際にデクスターに向かって 「同情するよ」と言います

 

この3人は自分の肉親が同じ境遇であったなら、という仮定を想像し、ばかにするのをやめました。

しかし、それに対してこの作品に出てくる大人たちは、HIV感染者に近づくと自分も感染するかもしれない、という偏見を持ち、恐れ、理解しようとする精神を見せませんでした。

 

ニューオーリンズに向かう途中、デクスターが船に載せてくれた大人に対して言った、「僕の血は猛毒だ!」といったシーンや、

デクスターと遊んだと知ったゲイルの反応、エリックが草を煎じてデクスターに飲ませてしまったことで、監督不行き届きで警察に連れていかれたリンダを見に来た近所の人たちの反応。

 

まさに偏見を持たない「純粋な子供たち」と「凝り固まった考えの大人たち」の対比であると言えます。

この作品はHIVの偏見に対する大人へのアンチテーゼのメッセージが含まれていることがわかります。

 

 

大人って何だろう?

 

劇中ではエリックが、大人の女性に対して興味津々であることを示す描写がしばしばあります。思春期ですね。

 

また、エリックはニューオーリンズに向かう旅の途中、重い荷物を持ったり体調を気遣ったり身体を支えたり、夜眠れなくなったデクスターを元気づけたりと、何度もデクスターの面倒を見ています。

 

こういった描写がエリックが旅を通じて責任感のある大人になっていこうとしている、ということを感じさせます。

 

大人というものは子供には理解しがたい面がいくつもあります。

それは逆もまた然りで、親も「どうしてうちの子はこんなことを・・・」といって悩む事があるでしょう。まさにゲイルのことです。ですがその反応は何もおかしくはありません。

でもどうしてそんなことが起きてしまうんでしょうね。親も子供だった頃があった筈で、類似した行動をとっていた筈です。しかし、もう理解ができなくなっているのです。

 

映画で第3者として見ればどちらの心情も分かるんですけどね(笑)人とのコミュニケーションは難しいものです。

 

この映画には2パターンの大人が出てきます。

子供の純粋さを許す大人と、許さない大人です。

決してリンダをべた褒めしているわけではありません。彼女が特殊すぎるのです。

 

リンダはデクスターがどんなに危険な遊びをしていても、エリックがお菓子を吐くまで食べさせたり毒草を煎じて飲ませたりしても、勝手に旅に連れていかれても、何一つ叱りませんでした。

 

きっと息子の先が長くない事が分かっていて、それでいて子供らしく生きて欲しかったのだと思います。

前述で僕は「純粋な子供たち」と「凝り固まった考えの大人たち」の対比であると言いましたが、この子供というのは良くも悪くも「純粋である」と思いました。

 

エリックにとっては本気で彼を治したいと思ってやった行動が、全て裏目に出て結果的にデクスターの寿命は縮んでしまいます。

しかしその「純粋さ」をリンダは分かってて何も言わなかったのでしょう。

 

そしてデクスターを笑顔にするエリックの行動や言葉が、リンダにとってもまた、希望であったに違いありません。

 

そして親友の死を経験したエリックは、デクスターの棺に自分のスニーカーを置き、デクスターの靴を片足だけ、広大な海へと繋がるミシシッピ川に流しました。

 

 

子供は純粋であるがゆえにたくさんの過ちを犯します。 

エリックや男の子3人組はこの過ちから、HIVの偏見を持たない大人へと成長してくれるといいですね。

 

The Cure』、子供の「純粋さ」をとても良く表している、とても良い作品でした。

マイ・フレンド・フォーエバーという邦題もあながち間違ってはいないのかもしれませんね。

 

それでは。